2009年09月06日

太平洋戦争 サイパンの戦い・マリアナ沖海戦

1944年6月15日から7月9日にかけて、日本軍とアメリカ軍はマリアナ諸島サイパン島を巡って戦った。アメリカ軍は新型爆撃機B29を開発、日本本土空爆の拠点とすべく、サイパン島に狙いを定めて進撃。一方、日本軍は絶対国防圏を死守するため激しく抵抗した。6月19日、日本軍はマリアナ沖にてアメリカ軍機動部隊を攻撃、両軍の空母機動部隊による航空決戦が行われた。しかし、アメリカ軍の物量と新兵器の前に日本軍は空母3隻と艦載機400機を失う大敗を喫し、また7月7日にはサイパン島でバンザイ突撃が行われ日本軍守備隊は玉砕した。

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2009年09月03日

太平洋戦争 山本五十六の死

1943年4月18日、連合艦隊司令長官の山本五十六海軍大将機が、アメリカ海軍の待ち伏せ攻撃を受けて撃墜されるという事件(海軍甲事件)が起こった。日本軍は山本長官指揮のもとに行った攻撃が成功したことから、長官自らがさらに前線の基地へ赴き、視察と激励を行う計画を立てていた。 一方、アメリカ軍はこの視察の暗号電報を解読し、山本機撃墜作戦を実行。4月18日、山本長官搭乗機はブーゲンビル島上空で敵機の攻撃を受け被弾、ジャングルに墜落した。山本長官の死は、遺骨が東京に到着した5月21日に戦死の事実が公表され、6月5日に国葬された。

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2009年09月01日

太平洋戦争 南太平洋海戦

1942年10月26日にソロモン海域で行われた日米の機動部隊同士による南太平洋海戦。アメリカ軍側ではサンタ・クルーズ諸島海戦と呼ばれる。日本海軍は、ガダルカナル島での総攻撃支援のために近藤信竹中将指揮下の第二艦隊、南雲忠一中将指揮の第三艦隊を派遣、アメリカ軍の空母「エンタープライズ」、「ホーネット」を中心とする艦隊と激しい戦闘となった。この海戦では、日本軍も大きく消耗したが、太平洋におけるアメリカ軍の稼働空母は一時的に0となり、アメリカに「史上最悪の海軍記念日」と言わしめた。

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2009年08月26日

太平洋戦争 ガダルカナル島の戦い

1942年8月からソロモン諸島のガダルカナル島を巡って陸海で日本軍と連合軍の熾烈な戦闘が行われた。日本軍はガ島に航空基地を築いていたが、8月7日に連合軍(約2万名)の奇襲を受け奪われていた。これに対し日本軍は、8月20日に一木支隊(約900名)が夜襲をかけるが連合軍の圧倒的な戦力の前に壊滅。その後も川口支隊ほか総兵力31404名を投入するもガ島を取り戻すことはできず、1943年2月に撤退を開始する。しかし、15000名以上が島に取り残され、兵士達はジャングルの中で戦闘を続けながら餓死していった。なお、この記録映画はモーパック(米軍記録部隊)が撮影した映像をもとに編集・制作されたものである。

<太平洋戦争 ガダルカナル島の戦い 動画その1>

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2009年08月25日

太平洋戦争 ミッドウェー海戦

1942年6月5日から7日にかけてミッドウェー島沖で日本海軍とアメリカ海軍との大規模な戦闘が行われた。アメリカ軍は事前に日本軍の暗号を解読することに成功、日本軍の動きをいち早く察知したアメリカ軍はミッドウェイ作戦に備えていた。これにより日本軍に不利な状況で戦いが始まる。ミッドウェー攻略作戦は、日本海軍の総力(艦船350隻、航空機1000機、10万人の兵力)をかけた大決戦であった。しかし、アメリカ軍の的確な情報分析と事前の準備、通信やレーダー技術の差、日本軍の作戦の甘さと戦闘指揮の誤りによる混乱などにより、日本海軍の大敗北に終わった。この結果、日本軍は主力空母4隻を失い、日本の戦局は徐々に悪化していく。

<太平洋戦争 ミッドウェー海戦 動画前半>


<太平洋戦争 ミッドウェー海戦 動画後半>
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