2010年08月16日
太平洋戦争 空襲で破壊された日本の大都市
太平洋戦後間もない頃に撮影されたと思われる空襲で破壊し尽くされた日本の都市の映像。大阪、神戸、広島、長崎、東京の順番で紹介される。アメリカ軍の日本本土への無差別爆撃により少なくとも30万人以上が死亡。沖縄や当時の日本の占領地に居住していた民間人の死者を含めると50万人以上が犠牲になったとも言われている。
2010年08月15日
太平洋戦争 玉音放送全文「終戦の詔勅」
1945年(昭和20年)8月14日、御前会議においてポツダム宣言の受諾が決定。ポツダム宣言は「全日本国軍隊ノ無条件降伏」などを定めていたため、その受諾は太平洋戦争(大東亜戦争)において日本が降伏することを意味した。昭和天皇は、8月15日正午よりラジオ放送により国民に詔書の内容を広く告げることとし、予め準備された玉音盤と呼ばれるレコード録音されたものが流された。若い方々にとっては退屈な内容かもしれないが、日本を愛する気持ちを少しでも持っているのならば、一度聴いておくことをおすすめする。
2010年07月12日
太平洋戦争 長崎への原子爆弾投下
長崎原爆投下の瞬間をアメリカ軍が撮影した映像。1945年8月9日、アメリカ軍の爆撃機ボックスカーから長崎市に原子爆弾ファットマンが投下された。地形の影響などで広島よりも被害が小さかったが、原子爆弾の性能は広島に投下されたリトルボーイの1.5倍の威力であったと言われている。この原子爆弾によって人口24万人のうち約7万4千人が死亡、建物の約36%が全焼または全半壊した。
太平洋戦争 広島への原子爆弾投下
広島原爆投下の瞬間をアメリカ軍が撮影した映像。太平洋戦争末期の1945年8月6日、アメリカ軍のB-29爆撃機エノラ・ゲイが広島市へ原子爆弾リトルボーイを投下。これは実戦で使用された世界初の核兵器による都市攻撃となった。この原子爆弾で広島市の人口35万人のうち約14万人が死亡した。なお、焼け残った原爆ドームは世界文化遺産に認定され保存されている。
2009年10月13日
太平洋戦争 神風特別攻撃隊
アメリカ軍が撮影した日本軍の神風特別攻撃隊(Kamikaze Attacks)のカラー映像。第二次世界大戦アジア太平洋戦線、最前線での生きるか死ぬかの攻防、追い込まれた日本軍の決死の抵抗、アメリカ軍の凄まじい対空砲火をくぐり抜け、日本軍の戦闘機が次々と敵艦隊をめがけて突っ込んでいく。